「これから、どうしたい?」
そう聞かれたとき、以前の私はすぐに答えられなかったと思います。
子どもの学校があるから。
家族の予定があるから。
夫の仕事があるから。
今住んでいる国では難しいから。
仕事があるから。
お金のことも考えないといけないから。
できない理由を探しているわけではありません。
どれも実際の生活の中にあることです。
40代になれば、自分一人の気持ちだけでは決められないこともたくさんあります。
特に海外で家族と暮らしていると、住む国、仕事、学校、ビザ、家族の将来など、一つの選択にいろいろな事情がつながっています。
だから、
「自分の好きなように生きればいい」
と言われても、そんなに単純ではない。
私もそう思います。
でも最近、もう一つ気になることがあります。
家族のことを考えることと、
自分の人生から「私は」という主語がなくなっていくことは、同じではないんじゃないか。
ということです。
気づいたら、主語が全部「私以外」になっていた
子どもが小さい頃は、子ども中心になる時期があります。
何時に起きる。
何時に食べる。
学校へ行く。
習い事へ行く。
体調を崩したら予定を変える。
海外で子育てをしていれば、学校とのやり取りや言葉の問題、その国の教育システムに慣れることにも時間を使います。
家族がいれば、
「私はどうしたい?」
だけでは動けないこともあります。
私自身、それを不自由だと思っていたわけではありません。
そのとき大切だったものを、自分で大切にしていたからです。
でも、それが10年、15年と続いていくと、
「私は」という主語を使う機会が少なくなっていくことがあります。
「子どもがまだ学生だから」
「夫の仕事があるから」
「今は家族のことがあるから」
そして外に目を向ければ、
「この国では」
「この年齢では」
「今の社会では」
「景気が」
「制度が」
もちろん、どれも無視できない現実です。
でも、そればかりを考えていると、
じゃあ、私はどうしたいんだろう。
という声が、だんだん小さくなっていく。
私はそこが気になっています。
40代は、まだ子育て中。でも少しだけ景色が変わってくる
40代の女性といっても、生活はそれぞれ違います。
子どもが小さい人もいる。
思春期の子どもがいる人もいる。
もうすぐ高校を卒業する子どもがいる人もいる。
仕事を続けてきた人もいれば、一度離れた人もいる。
海外へ来た理由もそれぞれです。
でも、子どもがある程度大きくなってくると、少しずつ変わってくるものがあります。
以前ほど、何から何まで親がやらなくてもよくなる。
子どもには子どもの友達がいて、予定があって、自分の世界ができてくる。
まだ自立したわけではない。
まだ親としてやることもある。
でも、ほんの少しだけ、自分の方を見る余白が戻ってくる。
そこで突然、
「この先、私はどうするんだろう」
という問いが出てくることがあります。
子どもが完全に巣立ってから考えればいいと思っていたこと。
いつか時間ができたら考えようと思っていたこと。
それが、少しずつ現実の問いになってくる。
私は、この時期は少し不思議な時間だと思っています。
母であることは終わっていない。
でも、母であることだけで一日が埋まっていた時期とも違う。
次の人生が始まったわけではない。
でも、今までと同じでもない。
その間にいるからこそ、
「私はこれから、どう生きたいんだろう」
と考え始めるのかもしれません。
「私はどうしたい?」は、家族を無視することではない
自分を主語にするというと、
「家族より自分を優先する」
という意味に聞こえるかもしれません。
私は、そういうことではないと思っています。
家族のことは考える。
子どものことも大切。
生活していくためのお金も必要。
仕事の事情もある。
海外で暮らしているなら、簡単には変えられない条件もあります。
それらを全部無視して、
「私はこれがしたいから、あとは知らない」
という話ではありません。
ただ、いろいろな条件を考える中に、
自分の気持ちも一つ入れておく。
それだけです。
「子どもにとって何がいい?」
と考える。
そのあとに、
「私はどうしたい?」
も聞いてみる。
「家族にとって何が現実的?」
と考える。
その中に、
「私は何を大切にしたい?」
も入れる。
自分だけを優先するのではなく、
自分を最初から人数に入れておく。
私は、その感覚の方が近いです。
「できるかどうか」の前に、「したいかどうか」
大人になると、何かを考えた瞬間に現実的な判断が入ります。
お金は?
時間は?
仕事は?
家族は?
今から始めても遅くない?
海外に住みながらできる?
それで収入になる?
失敗したら?
私もそうです。
何かを思いついても、すぐに「できるかどうか」を考えます。
もちろん、実際に動くなら現実を見る必要があります。
でも最近、
「できるかどうか」を考えるのが早すぎることもあるな
と思います。
たとえば、
本当は何かを学びたい。
仕事を始めたい。
一人でどこかへ行ってみたい。
何かを作りたい。
もう一度、自分で収入を得たい。
住む場所を変えたい。
もっと静かに暮らしたい。
何でもいい。
最初に出てきた小さな「やってみたい」に、
「でも無理」
をすぐ重ねてしまうと、自分が何を望んでいたのかさえ見えなくなります。
実現できるかどうかは、そのあと考えればいい。
まず、
私は、それをしたいの?
そこを自分が知っていることは、大切だと思っています。
海外にいると、「仕方ない」が増えることもある
海外生活には、自分では動かせないものがあります。
言葉。
制度。
ビザ。
仕事。
学校。
家族の事情。
日本なら簡単にできることが、海外では難しいこともあります。
逆もあります。
だから、
「仕方ない」
という言葉を使う場面も増えます。
仕方ないことは、本当にあります。
何でも自分次第だとは思いません。
社会や環境によって選択肢が限られることもあります。
でも、
状況を変えられないことと、自分がどう感じているかまで分からなくなることは別です。
今は動けない。
でも、本当はこうしたい。
今はこの国にいる。
でも、私はこういう暮らしが好き。
今は仕事を変えられない。
でも、いつかこんな働き方をしてみたい。
それでもいいと思うんです。
すぐ行動できなくても、
自分の気持ちまで「仕方ない」の中に入れなくてもいい。
自分が何を望んでいるかを知っていることと、それを今すぐ実現することは別だからです。
自分の人生に「私は」を戻してみる
40代になると、これまで生きてきた時間があります。
同時に、これからの時間もあります。
20代の頃のように、何も考えず好きな場所へ飛び出せるわけではないかもしれない。
守りたいものも増えました。
現実的に考えなければならないこともあります。
でも、それは、
自分の人生を考える時間が終わったということではないと思っています。
むしろ、いろいろな経験をした今だからこそ、
昔とは違う答えが出てくるかもしれません。
私は何が好き?
私は何が嫌?
私は、誰といると心地いい?
私は、どんな働き方をしたい?
私は、どんな一日を過ごしたい?
私は、これから何を大切にしたい?
そして、
私は、どんな人生を生きたい?
全部に答えられなくてもいい。
私も、全部分かっているわけではありません。
答えが変わることもあると思います。
でも、
「夫が」
「子どもが」
「仕事が」
「海外だから」
「この年齢だから」
と考えたあとに、
もう一つだけ、
「じゃあ、私は?」
を置いてみる。
その問いがあるだけで、自分の人生を見る位置が少し変わる気がしています。
主人公になるということ
「自分の人生の主人公になる」
という言葉は、少し大げさに聞こえることがあります。
私は、何か特別なことを成し遂げることだとは思っていません。
会社を辞めることでも、
起業することでも、
海外へ飛び出すことでも、
人生を大きく変えることでもない。
今日の夕食を何にするか。
誰と時間を過ごすか。
何にお金を使うか。
何を断るか。
何を始めるか。
何をやめるか。
そんな小さな選択の中に、
「私はどうしたい?」
があること。
それが、自分を主語にして生きるということなのかもしれません。
家族を大切にしながらでもできる。
誰かを支えながらでもできる。
すぐに環境を変えられなくてもできる。
人生の全部を自分でコントロールすることはできません。
でも、
自分がどう感じて、何を選びたいと思っているのか。
そこまで誰かに渡さなくてもいい。
私は今、そんなふうに考えています。
だから今日、自分に聞いてみたいことがあります。
夫でもなく。
子どもでもなく。
仕事でもなく。
社会でもなく。
誰かが期待している私でもなく。
私は、これからどんなふうに生きたい?
すぐに答えが出なくても、その問いを持っていること自体が、自分の人生に「私は」を戻す最初の一歩なのだと思います。
Kaori
あわせて読みたい
CATEGORIES
LATEST POSTS
By John Doe on Dec 19, 2020
By John Doe on Dec 19, 2020
By Mark Smith on Dec 7, 2020
POPULAR POSTS
By John Doe on Dec 11, 2020
By John Doe on Dec 9, 2020
By Mark Smith on Dec 4, 2020

KAORI GLOBAL
海外で暮らし、人生の転機にいる女性へ。
家族や環境に合わせて歩んできた日々の中で、自分の心にも、そっと耳を澄ませる時間を。
Recover ─ 心を整える
Discover ─ 自分を知り、視点をひらく
Grow ─ 自分らしい選択を重ねる
葉から枝へ、木から森へと視野が広がるように。離れていた星が星座になるように。日々の出来事や人との関わりを振り返ると、経験のつながりが見えてくることがあります。
このブログでは、海外生活や人生の転機から生まれた気づきと問いを綴ります。苦しさや迷いを否定せず、答えを急がずに。あなた自身の意味を、あなたのペースで見つけていく小さなきっかけになれたら嬉しいです。
Created with ©KaoriGlobal