海外に出ると決めた頃の自分と、今の自分。
同じ人間なのに、ずいぶん違うなと思うことがあります。
20代の頃に大切だったこと。
30代で大切になったこと。
子どもを育てながら考えていたこと。
そして、子どもが少しずつ自分の世界を持つようになった今、考えること。
住んでいる国が変わったからだけではありません。
結婚したこと。
家族ができたこと。
母になったこと。
仕事から離れたり、また始めたりしたこと。
子どもが成長したこと。
自分自身も年齢を重ねたこと。
いろいろなものが重なって、何を大切だと思うかも少しずつ変わってきました。
でも以前の私は、「価値観が変わった」と考えたことはあまりなかったように思います。
ただ、その時その時を生きていた。
今振り返ると、
私は同じ人生の中で、何度も違う自分を生きてきたんだな
と思います。
海外に出ると決めた頃は、自分の人生だけを考えていた
20代の頃は、自分の人生を自分で決めることが、今よりずっとシンプルでした。
どこへ行きたいか。
何をしてみたいか。
どんな世界を見てみたいか。
もちろん不安はあったけれど、何かを決めるときに考える中心には「自分」がいました。
海外へ出るということも、その一つでした。
知らない場所へ行ってみたい。
違う世界を見てみたい。
そこで何が起きるのかは分からないけれど、とにかく行ってみる。
今振り返ると、あの頃にはあの頃なりの軽さがあったと思います。
荷物も今より少なかった。
背負っているものも少なかった。
そして何より、何かを決めたことで影響を受ける人が、今ほど多くありませんでした。
自分が決めて、自分が動く。
うまくいかなかったら、自分でまた考える。
それができた時期だったのだと思います。
結婚すると、「私」だけでは決められないことが増えていった
結婚すると、物事の決め方が少し変わりました。
私がどうしたいかだけではなく、
相手はどうしたいのか。
二人にとって何がいいのか。
そういう視点が入ってきます。
そして子どもが生まれると、また変わりました。
どこに住むか。
どんな環境で育てるか。
学校はどうするか。
仕事はどうするか。
一つの選択が、自分だけのものではなくなっていきます。
「私はどうしたい?」
より先に、
「家族にとって何がいい?」
を考えることが増えていきました。
それを嫌だったとは思っていません。
その時の私にとって、家族は大切でした。
子どもたちのことを考えることも、自分が選んでいたことです。
ただ、それを長く続けていると、
「私だったらどうしたい?」
という問いを、自分にする機会が少なくなっていきました。
なくしたというより、使わなくなっていった、という方が近いかもしれません。
子育ての真ん中では、目の前のことが人生のほとんどだった
子どもが小さい頃は、一日の中にやることがたくさんあります。
今日のこと。
明日のこと。
学校のこと。
食事のこと。
体調のこと。
家族の予定。
次から次へと何かがあります。
自分の10年後についてゆっくり考えるより、まず明日の朝をどうするか。
そんな時期もありました。
でも、それもずっと続くわけではありません。
子どもは少しずつ自分でできることが増えていきます。
自分の友達ができる。
自分の予定ができる。
自分の考えを持つ。
親に話さないことも増えていく。
それは成長だから、嬉しい。
ずっとそうなってほしいと思って育ててきたはずです。
なのに実際にその時期が来ると、
嬉しいだけではない自分もいました。
少し寂しい。
必要とされなくなるような気がする。
今まで自分の生活の大きな部分を占めていたものが、少しずつ形を変えていく。
嬉しいのに、寂しい。
この二つは、同時にあってもいいのだと思うようになりました。
「母」ではない時間が戻ってきたとき
子どもが自立に近づいていくと、少しずつ自分の時間が戻ってきます。
昔だったら、
「時間ができたら、あれをしたい」
「もっと自分のことをしたい」
と思っていたはずなのに、実際に時間ができ始めると、
何をしたらいいのか分からない。
そんなこともあります。
これは意外でした。
自由が欲しかったはずなのに、自由になったらすぐにやりたいことが出てくるわけではない。
そこで、
「私は何が好きだったっけ?」
「これから何をしたいんだろう?」
という問いが出てきました。
でも、ここで一つ気づいたことがあります。
20代の自分に戻る必要はないんですよね。
あの頃好きだったものを、もう一度好きにならなくてもいい。
あの頃の夢を、もう一度追いかけなくてもいい。
私はもう、あの頃の私ではありません。
結婚をして、
家族を持って、
子どもを育てて、
海外で暮らして、
いろいろな人に出会って、
うまくいったことも、そうではなかったことも経験してきました。
その時間を通った今の私が、
今、何を大切だと思うのか。
そこをもう一度知っていけばいいのだと思います。
価値観が変わることを、自分が変わってしまったと思わなくてもいい
若い頃には魅力的だったものに、今はそれほど惹かれないことがあります。
逆に、昔は気にも留めなかったことが、今はすごく大切に感じることもあります。
何かをたくさん持つことより、身軽でいること。
誰かに認めてもらうことより、自分が納得できること。
忙しく予定を埋めることより、何もない時間。
大勢の人とつながることより、本音を話せる人がいること。
もちろん、これは私の場合です。
何を大切にするかは、人によって違います。
そして同じ人でも、人生の時期によって変わる。
以前なら、
「私はこういう人」
と決めたら、それが自分だと思っていました。
でも今は、自分の価値観が変わることは、それほど不思議なことではないと思っています。
生きてきた時間が増えれば、知っている世界も増えます。
経験したことも増える。
家族との関係も変わる。
自分のからだも変わる。
だったら、大切にしたいものが変わっていくこともある。
それは「自分が分からなくなった」ということではなく、
今の自分に合うものが変わってきた
ということなのかもしれません。
海外に出たから見えたこと。年齢を重ねたから見えること
海外に出たことも、私の価値観を変えた一つだと思います。
日本にいたときには考えなかったことを考えるようになりました。
「普通」は一つではないこと。
家族のあり方も一つではないこと。
仕事に対する考え方も一つではないこと。
人生の進み方も一つではないこと。
でも、それだけではありません。
海外に住んだから価値観が変わった、という一言では説明できないと思っています。
20代だった私が30代になり、
30代だった私が40代になり、
結婚し、母になり、家族と暮らし、子どもが成長していった。
海外生活と同時に、私自身の人生も進んでいました。
だから今の自分が何を感じているのかを考えるとき、
「海外にいるから」
「母だから」
「この年齢だから」
一つの理由だけで説明しなくてもいいのだと思います。
いろいろな経験が重なって、今の私がいる。
そしてこれからも、価値観は変わるかもしれません。
今大切だと思っていることが、10年後には違っているかもしれない。
それも少し楽しみだと思えるようになりました。
今の私は、何を大切にしたいんだろう
昔の自分が何を大切にしていたか。
それを振り返ると、自分が歩いてきた道が少し見えることがあります。
でも、そこに戻るためではありません。
今の自分を知るためです。
20代の私が選んだもの。
30代の私が守りたかったもの。
40代の私が迷ったこと。
そして、その先の私が大切にしたいもの。
全部が同じでなくていい。
むしろ、変わってきたところに、自分が生きてきた時間があるのだと思います。
もし今、
「以前の自分と何かが違う」
と感じているなら。
それをすぐに「自分を見失った」と考えなくてもいいのかもしれません。
もしかしたら、今まで大切にしてきたものと、これから大切にしたいものが少し変わってきている途中なのかもしれない。
だから私は、ときどき自分に聞いてみたいと思っています。
今の私は、何を大切にしたいんだろう。
昔の答えではなく、
誰かに期待されている答えでもなく、
今の自分の答え。
すぐに出なくてもいいと思っています。
私自身も、これから先、何度も答えを変えていくのだと思います。
それも含めて、自分の人生なのだと思っています。
Kaori
あわせて読みたい
CATEGORIES
LATEST POSTS
By John Doe on Dec 19, 2020
By John Doe on Dec 19, 2020
By Mark Smith on Dec 7, 2020
POPULAR POSTS
By John Doe on Dec 11, 2020
By John Doe on Dec 9, 2020
By Mark Smith on Dec 4, 2020

KAORI GLOBAL
海外で暮らし、人生の転機にいる女性へ。
家族や環境に合わせて歩んできた日々の中で、自分の心にも、そっと耳を澄ませる時間を。
Recover ─ 心を整える
Discover ─ 自分を知り、視点をひらく
Grow ─ 自分らしい選択を重ねる
葉から枝へ、木から森へと視野が広がるように。離れていた星が星座になるように。日々の出来事や人との関わりを振り返ると、経験のつながりが見えてくることがあります。
このブログでは、海外生活や人生の転機から生まれた気づきと問いを綴ります。苦しさや迷いを否定せず、答えを急がずに。あなた自身の意味を、あなたのペースで見つけていく小さなきっかけになれたら嬉しいです。
Created with ©KaoriGlobal