子どもは、私とは別の人間。そう思えるようになって、変わったこと

子どもが小さい頃は、親が決めることがたくさんあります。

何を食べるか。
何時に寝るか。
どこの学校へ行くか。
何を持っていくか。
危ないことをしていないか。

親が見て、考えて、必要なら止める。それが当たり前の時期があります。

でも、子どもは少しずつ大きくなります。自分の好きなものができる。友達を自分で選ぶ。親には理解できないことに夢中になる。自分の考えを持つ。そして、親の言うことに「それは違う」と言うようにもなる。

10代になると、その変化はもっとはっきりしてきます。

そこで私は、親としての関わり方について考えることが増えました。

この子の人生は、誰のものなんだろう。

答えは分かっています。子どもの人生は、子どものもの。

でも、それを頭で分かっていることと、本当に腑に落ちることは、私にとっては少し違いました。



親だから、口を出したくなる

学校の成績。進路。友達関係。ゲームをしている時間。生活のリズム。勉強。将来。

見ていると、いろいろ言いたくなります。

「もう少し勉強したら?」
「その選択で大丈夫?」
「ゲーム、長すぎない?」
「もっとこうした方がいいんじゃない?」

親から見れば、先が少し見えることもあります。

自分自身が失敗してきたからこそ、「それをやったら、あとで困るよ」と思うこともある。

できれば失敗してほしくない。傷ついてほしくない。遠回りもしてほしくない。

だから言いたくなる。

それは、コントロールしたいという気持ちだけではなく、心配だからということもあります。

大切だからこそ、口を出したくなる。

私はそこを、単純に「過干渉だからやめればいい」とは思っていません。

難しいのは、

大切に思って関わることと、その子の人生に入り込みすぎることの境目はどこなんだろう

ということです。



バウンダリーという考え方を知って

私が意識するようになった言葉の一つに、バウンダリーがあります。

日本語では「境界線」と訳されることがあります。

境界線。

言葉の意味は分かります。

でも最初は、

それを家族の中でどう考えるんだろう?

と思いました。

親と子どもの間の境界線って、どこにあるんだろう。

どこまでが親として関わることで、どこからが子ども自身が考え、選ぶことなんだろう。

成績が下がったら?
ゲームばかりしていたら?
友達との関係で悩んでいたら?
進路について、親から見ると別の選択の方がいいと思ったら?

親だから伝えた方がいいこともある。

でも、子ども自身に任せた方がいいこともある。

その違いをどう考えたらいいのか、私はよく分かっていませんでした。

少しずつ考えていく中で、私なりに見えてきたのは、

私は私。子どもは子ども。

という、とてもシンプルなことでした。

私は子どものことを大切に思っている。必要なときには助けたい。危険なことなら止めることもある。親として伝えることもある。

でも、子どもが何を考えるか。誰と友達になるか。何に興味を持つか。どんな道を選ぶか。

そこには、子ども自身の人生がある。

当たり前のことのようですが、私はこれを意識するようになって、子どもの見え方が少し変わりました。

「私の子ども」である前に、

一人の人間なんだ。

そう思うことが増えました。



「見守る」は、何もしないことではなかった

私は以前、「見守る」という言葉を、少し受け身に感じていました。

何も言わない。何も手を出さない。ただ待つ。

でも実際にやってみると、見守ることは案外難しい。

言いたいことがあるのに、少し待つ。

答えを知っている気がしても、本人が考える時間を残す。

失敗しそうに見えても、すぐに全部取り上げない。

必要なら話す。

でも、最後には本人の選択がある。

どこまで口を出すのか。どこから任せるのか。

これは年齢によっても、状況によっても変わります。

安全に関わることなら、親が介入しなければならない場面もあります。

だから、一本の線を引いて「ここから先は子どもの問題」と簡単に分けられるものでもないと思っています。

私自身、今も迷います。

言いすぎたかな、と思うこともある。

もう少し言った方がよかったかな、と思うこともある。

その繰り返しです。

バウンダリーを意識するようになったからといって、子育ての答えが分かったわけではありません。

ただ、

これは私の不安なのか。それとも、本当にこの子に必要なことなのか。

と、一度考えるようになりました。

その違いは、私にとって大きかったと思います。



子どもの問題を、自分の問題にしすぎない

子どもの成績が下がる。子どもが友達とうまくいかない。進路が決まらない。学校で何かがある。

親なら気になります。私も気になります。

でも以前より、子どもに起きていることと、自分自身を少し分けて見るようになりました。

子どもが悩んでいるから、私も一緒に全部背負わなければならないわけではない。

子どもが失敗したから、私の子育てが失敗だったということでもない。

反対に、子どもが何かを達成したから、それが私の成果ということでもない。

親子だから、もちろん影響し合います。そんなにきれいに分けられるものではありません。

それでも、

この子には、この子の人生がある。

ということを思い出す。

すると少しだけ、自分の立つ位置が変わります。

子どもの人生を前から引っ張るのではなく、少し横から見ているような感覚に近くなりました。



そして、いつか本当に離れていく

10代の子どもを見ていると、ときどき思います。

この生活は、ずっと続くわけではないんだな、と。

毎日家にいること。

冷蔵庫を開ける音。

「何か食べるものある?」と聞かれること。

送り迎えをすること。

散らかったものを見て腹が立つこと。

ゲームの時間が長くて気になること。

学校の話を聞くこと。

時には言い合いになること。

今は日常なので、特別なことには感じません。

でも、いつか子どもは親元を離れていきます。

自分の生活を持つ。自分で選ぶ。自分で失敗する。そして、自分の人生を作っていく。

それが子育ての一つの行き先でもあるのだと思います。

そう考えるようになってから、私は今の時間の見え方が少し変わりました。



離れていくからこそ、今を丁寧に過ごしたい

バウンダリーを意識すると、親子の距離が遠くなる。

最初は、どこかそんなイメージもありました。

でも私の場合は、少し逆でした。

子どもの人生を自分のもののように考えなくなってきたことで、

今、一緒にいられる時間そのものを以前より感じられるようになった気がします。

うまくいく日だけではありません。

腹が立つ日もある。

心配で仕方ない日もある。

何を考えているのか分からない日もある。

「もう少し話してくれればいいのに」と思うこともある。

子育ては、きれいな思い出だけではありません。

幸せもある。難しさもある。しんどさもある。

それを全部含めて、この人と親子として同じ家で過ごせる時間には、終わりがある。

そう思うと、

「思い通りに育てたい」

という気持ちより、

この子がこの子自身になっていく時間を、近くで見ていられることを大切にしたい

という気持ちが少しずつ強くなりました。



親である私と、一人の人間である子ども

子どもを別人格の人間として見ることは、親として何もしないことではないと思っています。

愛情がなくなることでもない。

困っていても放っておくことでもない。

むしろ、自分とは違う人間だからこそ、何を考えているのか聞く。

自分とは違う答えが返ってきても、すぐに否定しない。

必要なときには助ける。

でも、その人の人生を全部自分が背負おうとはしない。

私にとってバウンダリーは、

距離を取るための線というより、

相手を一人の人間として大切にするための感覚

に近くなってきました。

そして不思議なのですが、子どもと自分を少し分けて考えられるようになると、私自身の人生にも目が向くようになりました。

子どもには子どもの人生がある。

そして、

私にも、私の人生がある。

どちらかを大切にすると、どちらかが小さくなるわけではない。

子どもが自分の人生を歩いていくことを応援しながら、私も自分の人生を生きていく。

その関係に、少しずつ変わっていく時期なのかもしれません。

今、一緒にいられるこの時間。

いつか振り返ったときに、

「もっとこうしておけばよかった」

と完璧を求めるのではなく、

いろいろあったけれど、

あの時間を私はしっかり味わっていたな

と思えたらいい。

今は、そんなふうに感じています。

Kaori



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Kaori

海外で暮らして20年以上。

シドニー在住。

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